巨人の岩隈久志投手の2019年のシーズンは、
1度も登板することなく終わりました。
正直、もはや岩隈久志投手は
戦力にならない
と思うのですが、巨人はまだ戦力として考えているようで、岩隈久志投手はそけいヘルニア手術を決断。
2020年のシーズンでの再起に向けて動き出しています。
これまでの成績だけを見れば、間違いなく一流の選手であることには違いありませんが…
では現在の岩隈久志投手は、どんな評価を得ているのでしょうか?
当記事では、巨人の岩隈久志投手について、これまでの成績や年俸、さらには現在の評価を調べてみました。
岩隈久志の年度別成績をチェック!
岩隈久志という投手が、どんな選手なのか?
これまでの成績を振り返ってみましょう。
岩隈久志の年度別成績
近鉄時代
2001年 9試合 4勝2敗 防御率4.53
2002年 23試合 8勝7敗 防御率3.69
2003年 27試合 15勝10敗 防御率3.45
2004年 21試合 15勝2敗 防御率3.01 ★最多勝、最高勝率、最優秀投手、ベストナイン
楽天時代
2005年 27試合 9勝15敗 防御率4.99
2006年 6試合 1勝2敗 防御率3.72
2007年 16試合 5勝5敗 防御率3.40
2008年 28試合 21勝4敗 防御率1.87 ★最多勝、最優秀防御率、最高勝率、沢村賞、MVP、最優秀投手、ベストナイン
2009年 24試合 13勝6敗 防御率3.25
2010年 28試合 10勝9敗 防御率2.82
2011年 17試合 6勝7敗 防2.42
マリナーズ時代
2012年 30試合 9勝5敗2セーブ 防御率3.16
2013年 33試合 14勝6敗 防御率2.66
2014年 28試合 15勝9敗 防御率3.52
2015年 20試合 9勝5敗 防御率3.54
2016年 20試合 11勝6敗 防御率3.96
2017年 0勝2敗 防御率4.35
2018年 メジャー登板なし
巨人時代
2019年 登板なし
通算成績 376試合 170勝108敗2セーブ 防御率3.31
岩隈久志投手の特徴と言えば、やはり
コントロールの良さ
という部分に尽きるでしょう。
プロ野球での通算与四球率は1.99と良い数字で、とくに低めのコントロールが抜群な点は、メジャーのスカウトが
ダルビッシュ有投手以上
と評価したほどです。
ストレートの平均球速は140キロ台前半ですが、フォークや多彩な変化のスライダー、カーブなどをコースギリギリに投げ込み、
とくにフォークはメジャー時代の岩隈久志投手を支える必殺球
となりました。
筆者の岩隈久志投手のイメージは、いまだに近鉄時代の二段モーションが印象に残っています。
また、美しい投球フォームというイメージもありましたね。
岩隈久志投手の年度別成績を見て、真っ先に目を惹くのは、岩隈久志投手が伝説の年となった2008年ですよね。
この年の岩隈久志投手は神がかっていました。
投手三冠を総ナメ!
そしてチームの勝利の3分の1は岩隈投手が稼ぎ、被本塁打はわずか3本(2本が交流戦なので、パ・リーグではホークスの松田選手に許した1本のみ)という化け物のような数字を残しました。
2006年の二段モーション禁止、さらには怪我の影響もあって、続く2007年も不調でしたし、早くも岩隈久志投手の選手生命は終わりかと思っていたら、この2008年の復活ですからね。
まさか、20勝投手が楽天から誕生するなんて思ってもおらず、それはもう驚きました。
その後も岩隈久投手は、楽天のエースとして、田中将大投手と2枚看板で活躍を続けると、2011年オフにメジャー移籍を決意。
2012年にマリナーズに入団すると、1年目から安定感ある成績を見せて活躍します。
2013年には14勝6敗という好成績で、ダルビッシュ有投手に次ぐ、サイヤング賞候補3位となりました。
その後も安定して2ケタ近い勝利数を記録するので、ベテランながら頑張っているなぁと思っていたのですが、2017年に岩隈久志投手の人生がガラッと変わります。
2017年の岩隈久志投手は怪我続きのシーズンとなり、最初の怪我は6試合目、右膝に打球を受けたことから始まっていきます。
このケガで登板を遅らせることが決定したのですが、その最中に新たに右肩の炎症も発覚し、DL(故障者リスト)入り…
6月に復帰するも、7月に再び右肩に違和感を覚え、シーズン中の復帰を断念すると、最終的に
右肩のクリーニング手術を受けること
になってしまったのです。
その後の岩隈久志投手は、メジャーで登板することなく、巨人に移籍します。
日本であれば、活躍が期待できるか?
と思われましたが、移籍1年目の2019年は1軍登板することなく終わっています。
岩隈久志の年俸推移を紹介
岩隈久志投手は、これまでいくらの年俸をもらってきたのでしょうか?
メジャーリーガーともなれば、かなりの額を手にしていそうですよね。
岩隈久志の年俸推移
2000年 500万円
2001年 500万円
2002年 1000万円
2003年 2500万円
2004年 6500万円
2005年 1億5000万円
2006年 1億8000万円
2007年 1億3500万円
2008年 1億1000万円
2009年 3億円
2010年 3億円
2011年 3億円
2012年 150万ドル
2013年 650万ドル
2014年 650万ドル
2015年 700万ドル
2016年 1100万ドル
2017年 1400万ドル
2018年 マイナー契約のため不明
2019年 5000万円
2020年 2000万円
メジャーリーグ時代については、円表記にすると、その時によって金額が異なってしまうので、ドル表記のままにしています。
合計すると、約56億円です。
56億円をもらえば、税金で半分は飛んでいっても30億円近く残りますし、一生を遊んで暮らせますね。
岩隈久志投手の最高年棒は、2017年の1400万ドルです。
この額は、
約16億円
という大金です。
そんな年に怪我続きだったことは、本人としても情けない気持ちがあったと思いますが…
日本だと、3億円が岩隈久志投手の最高年俸みたいですね。
21勝を挙げても3億円が精いっぱいな日本球界と、サイ・ヤング賞候補になる成績を収めれば10億円を手にできるメジャーリーグ。
まさにアメリカンドリームというにふさわしいでしょう。
野球の最高峰であると同時に、金額も夢があるので、メジャーを目指したい選手が多いのも頷けますね。
日本復帰後となる2019年の契約は5000万円、しかし1軍登板が全くなく終わったため、2020年の年棒は、
60%ダウンの2000万円
での契約となりました。
岩隈久志の評判は?
巨人入りした岩隈久志投手の評判は、どう受け止められているのでしょうか?
調べてみると、2019年のシーズンが終わった時点では、賛否両論な評判になっていました。
悪い評判についてまとめてみると、以下のような意見が多く見られました。
「もう現役続けなくていいだろ」
「全然投げれてないんだから、完全復帰のめどが立つまで育成契約にすればいいのに」
「年俸返してくれ」
「岩隈と中島は早くクビにしろ」
「もう復帰はいいから大人しく引退してくれ」
「全く戦力になってないのに、原が拾ってきたからって理由だけで残ってるんじゃないか?」
と、選手・岩隈久志としては最悪の状態であるというところに焦点が当たっています。
確かに、成績だけ見れば、
1軍に1度も登板せず、支配下登録枠を無駄に使っているだけ
なので、
やめてくれ
という声が多いのも頷けます。
その一方で、
「杉内とダブルコーチみたいな感じだし、コーチ代ならまあいいんじゃない?」
「現状ほぼコーチ兼任みたいなものだからどうでもいい」
「2軍で復帰登板した時はいい球投げてたし、2000万ならいいのでは?」
「コーチ入りは確定みたいなものだからクビにはならないでしょ」
「若手に変化球教えて上に上げてくれてるからまぁいいよ」
と、コーチング面で既に活躍していて、
2020年に戦力になるだけでも、御の字なので構わない
という声もありました。
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まとめ
岩隈久志投手は、
年俸が60%ダウンになった状態
で2020年のシーズンを迎えることになりました。
評判としては、
全く戦力にならない年俸泥棒なのでクビにするべき
という批判の声から、
コーチ兼任で獲った面があるから、もし戦力になれば大幅な黒字になるし別に構わない
という賛否両論な評判になっていました。
一応、2軍で復帰登板をした際には、140キロのストレートや、相変わらずのコントロールの良さを見せていましたし、東京ドームも湧かせていました。
それだけに、2020年は、選手としての岩隈久志投手の1軍登板を見てみたいところです。